7
月が綺麗な とある晩秋の夜更け。またしても大店に押し入って、蔵を破った盗っ人の一団が出た。今宵は幸い、死人は出なかったそうだけど。それでも、言う通りにしろと殴られたり突き飛ばされたりした手代さんや丁稚さんなどが、何人か負わなくてもいい怪我をしたそうだし、蔵からは先代が集めたという骨董品の中から、やはり太刀が一振り盗まれている。
「こっちだ、親分っ。」
ウソップが自慢のパチンコで一味の誰かへ薬ビンを投げつけたので、毒じゃあないが独特な匂いがするまま逃亡しているの、こちらも自慢の鼻で追ってくれたのが町医者のチョッパー先生で。追跡に便利なようにと、その姿も野生のトナカイに近い格好へと変化(へんげ)させての徹底振り。日頃はたいそう臆病な彼だけど、妙な経緯から知り合ってしまった“しゃべる髑髏”の境遇が何とも身につまされてしまったらしくって。
『俺はサ、トナカイとしちゃあ出来損ないだって言われて、
群れから弾き飛ばされたクチだからな。
そんなもんだからって知らないで食べちゃったのが悪魔の実で、
ますますのこと、群れには近づくことさえ出来なくなっちゃって。』
かといって、人にもなかなか受け入れてはもらえなくて。自分に医学を叩き込んでくれた、そりゃあ面倒見のいいお医者に出会うまで、ずっとずっと独りで過ごしてた。だから、孤独でしかも自分で自分のことが判らないなんて、どれほど心細いことなんだろうって思ったら、骸骨が喋るなんて怖いとか何とか、言ってられなくなったらしい。
『…でもなんか、順番が違うような気がしないでもなかったけど。』
医者が感情に翻弄されちゃっちゃあいけないぞ、チョッパーせんせえ。(おいおい) それはともかく。追跡途中に通りすがったのを幸い、長屋へ寄ってルフィ親分やサンジへ、状況を伝え、そこからは4人揃って追うこととなったご一行。町のあちこちで鋭い呼び子の音がするものの、ということは…やはり捕り方は巧妙に撒かれたらしい。だが、
「こっちにゃあ却って好都合かもな。」
そんな言いようをする板前さんへ、むしろ一番最初に気づくべきなルフィがキョトンとして見せるのもご愛嬌。
「何でだ? サンジ。」
「だから。俺らはちょっとばかり目的が違うだろうが。」
強盗の一味が目当てには違いないけれど、こっちの面々は、そやつらが何でまた…この髑髏に記されてあるのと同じ印、目印のように刻まれたり織り込まれたりしている太刀ばかりを狙っているのかを まずはと知りたい。よって、さあさ覚悟なさいと片っ端から捕まえるだけじゃあ目的は果たされないし、
「そっか、お縄を打ってしまうと、吟味方の担当になっちまう。」
「それがどうかしたのか?」
「だあぁ。」
しっかりしてくれと、こちらさんも臆病風はどこへやら、ウソップがしょっぱそうなお顔になって言いつのる。
「だからさ、親分。捕り方連中に先を越されると、取っ捕まえた面々はそのまま牢屋へ入れられちまう。何でまたこんな強盗をしたのだというお調べも勿論されようが、その結果は俺らにまでは降りてはこねぇだろうがよ。」
そりゃあまあ、ゲンゾウの旦那に頼めばお調べ調書を見ることは出来ようが、それにしたって奴ら、型通りの事情しか話さねぇかもしれねぇし。
「ところが、俺らはその“何で?”ってところを探りてぇんだろうがよ。」
「あ・そっか。」
ということで、鳴り物入りで一網打尽にするんじゃあなく、その塒へ着いたとて、まずは様子を窺うことになるだろう。つるんとした夜気の中、彼にしか拾えない微かな匂いを黙々と追っていたチョッパー先生が、ふと その軽快な走りようを緩めると、
「…っ。」
すらりと長かった四肢を元に戻してのいつもの格好、ちんまりとした半獣体型へと戻ってのそれから、
「此処へと入ってったらしい。」
蹄の先で示したのが、どこか古ぼけた様相の閉ざされた大門であり。小旗本かそれとも大名の下屋敷か、いづれにせよ それなりに名のあった権門の住居跡であるらしい。此処で余談を一つ。といいますか、もしかして既に書いていたらば重複してすみません。よく時代劇に出てくるのが、何処の藩の上屋敷でござるとばかり、大看板が門柱に下がっているがあれは嘘。普通、大名屋敷にあのような武芸道場の看板や表札もどきの大名札は出てはいない。それじゃあ何処の屋敷だか判らないじゃないかって? なので、大門のところには常時“門衛”が立っている。中間(ちゅうげん)と呼ばれる召し使い以上の、一応は侍が立っており、訪問者はその人に聞けば、その屋敷への訪問ではなくとも“ああそれなら二つ先だ”などと教えてもらえる。怪しい人物が屋敷町で徘徊したり、こそりと探ったりしにくいようにした、これも工夫の一環であろうか。ということで、その伝で言えば 門のところに人影がないその大門は、家人が不在の空き家か、若しくは……と。胡散臭いなとのお顔を見合わせた面々へ、
「…何だか妙な屋敷みたいだぞ?」
チョッパー先生もまた、彼なりの不審を訴えた。
「妙?」
「うん。身なりのいい人の匂いがする。」
「身なりのいい人の匂い?」
焚きしめられた香の匂いや、手入れの行き届いた高価な織物の匂いとか。お香は薬種屋でも、等級は違うけど扱っているのでと、そういうのの匂いも嗅ぎ分けられる先生らしく。樟脳の匂いもするな。でも、泥棒が衣替えとかするもんだろか。
「盗んだものの匂いじゃねぇのか?」
何しろ 蔵に仕舞われていたものを盗みまくってた手合いだし。そうと思ってウソップが訊けば、
「どうだろな。そういうかび臭い匂いとも違うみたいだし。」
いまいち確信が掴めぬか、自信なさげな言いようをするお医者様へ、
「で? 先生は此処に居残るかい?」
一応は、大門の脇の耳門(くぐり)を押してみて、施錠のせいかそれとも古くてか、びくとも開かないのを確かめながら、サンジがそんな風に訊く。ほえ?と可愛らしくも小首を傾げたチョッパーだったが、
「なに。空き家であれ、お武家様の屋敷へ勝手に上がり込むのは下手をすれば立派な犯罪かも知れねぇ。こっちの親分やウソップはお調べの筋でと言やあ何とかなろうが、俺や先生はそういう言い訳が立たねぇ立場だ。」
自分はそれでも構わぬが、品行方正であることが誠実な診察の裏書になる、お医者のチョッパーはそうもいくまいと。そうと感じての念押しらしく、
「えと…。」
さすがにこの問いかけは、ほんの刹那ほど、小さなお医者様を躊躇させたが、
「俺も行くぞ。」
うんと大きく頷いたのは、自分自身へと言い聞かすためか。小さな体にみなぎる正義感がまだまだ熱いらしく、今のところは臆病風も引っ込んだままならしい。
「よっし。そんじゃあ、突入すっぞ。」
何へだか妙に自信満々な親分が声を張り、強盗一味を目指しての追跡斑一行、古ぼけた大門を突破しての、強制侵入を敢行したのでありました。
………え? どうやってだって? そりゃあ、
「ゴムゴムの、」
「親分、声出さずに出来ねぇか? それ。」
「ううう、やってみる。」
そゆことです。(ズボラですいません。)
◇◇◇
怪しい屋敷は、庭も鬱蒼と荒れたままだし、母屋にあたろう大きな屋敷にも人の気配はまるでなく。ただ、チョッパー先生の鼻によれば、犯人一味はずっと奥向きへと向かっているらしいので、此処にもぐり込んでることもまた、隠す必要あってのこの逼塞の態なのかも知れず。
「誰も暮らさなくなって、結構な日数ではあるらしいがな。」
火の気もなければ、人が通った跡もないよな、埃っぽいばかりな廊下や座敷ばかりが居並んでおり。食事だ寝起きだ湯浴みだ、その他の生活痕跡も一切ないと来て。薄暗い廊下は、持ち込んだ白張提灯の明かりがなければ、単なる洞窟や切り通しの道と何ら変わらなんだろうほどに殺風景な空間で。
「…これって、もしかしてお取り潰しにあったお武家の屋敷なんじゃないか?」
このグランド・ジパングの現在の藩主を輩出しているのは、コブラ様の生家“ネフェルタリ”という一門で、今世の安定した統治は、その直前の戦国時代が終焉を迎えた頃合いから始まっているというから、藩主を巡るお家騒動とやらは一度だって起きちゃあいない。下々には伝えられてはいないだけで、実は…本家と分家でのごたごたがあったのかも知れないが、少なくとも中央幕府が嗅ぎつけての藩自体のお取り潰しに至ってはないのだから、骨肉の争い、醜い揉めようになったことはないのだろう。そして、そんな堅実さは内政へも影響する。町人たちには結構甘いが、武家へは厳しいのが代々の藩主の方針で、不透明な癒着やなあなあの不正は見逃さず、世継ぎ争いへもしっかとした監視を怠らないと、
「聞いたことが あんぜ?」
まさかにお武家の屋敷から仕出し弁当の注文があった訳じゃあないけれど、大店からお付き合い先への進物にという折り詰めの注文を受け、武家の禁忌や当藩の勢力図なんてもの、一通りは浚ったことがあるサンジだからこそ、そうと運んだお家が最近でも結構あると小耳に挟んだことがあるようで。
「お取り潰しって…。じゃあ、本来の持ち主はもう住んでないってことじゃねぇかよ。」
「そうなるな。だからこそ、盗賊一味の隠れ家には打ってつけなんじゃね?」
それか…と、付け足したのが、
「この屋敷自体に用向きあってのことなのか。」
え?っと、ルフィやウソップが意外そうに眸を見張り、先を促すような視線を寄越す。どっちが捕り方なんだか判らない応酬だったが、ままそれは今更なお話で、
「盗まれてんのも太刀ばかりだし、例の髑髏が見つかったのも、此処からそうは離れちゃあいない草っ原だ。」
「おお。」
「もしかして、若様とやらをどうにかしてぇ連中は、その髑髏と集めた太刀とを使って何かしらを企んでやがるんだとしたら?」
髑髏が語った、彼を持ち出した誰かの呟きの中、若様に危害が及ぶのを防ぎたいからというくだりが そういやあった。そいつらと、太刀目当ての強盗とが同じ線上でつながるのなら、そういう企みだということになり、それを展開する場として、
「だとすりゃあ、この屋敷もまた、その企みの道具立てに要りような要素なんかも知れねぇってこった。」
「おおお、サンジ凄げぇっ。」
無邪気に感心している親分に、おいおいとサンジが目許を眇めたのと同時、
「中庭のほうだ。匂いはそっちへ向かってる。」
チョッパーがそうと告げ、それから、
「泥棒らしからぬ匂いの人も、そこにたっくさんいるみたいだぞ?」
そんなことまで判るらしい報告へ、
「それってもしかしたらば、強盗一味を子飼いにしている黒幕なんかもな。」
「企みの首謀者ってか?」
サンジとウソップが、どんな展開が待っているやらと推量しておれば、
「でも、骸骨と太刀で、どんなこと企んでやがるんだろ。」
「……親分。」
「だから、それを探ろうってんだろが。」
天真爛漫 上等?
←BACK/TOP/NEXT→***
*すいません。
何かここんトコ、始終眠気が襲うので、
話がなかなか進みません。
そんでも、親分を坊様に逢わせるまでは頑張ります。(いや、最後まで頑張れ。)

|